藤村克裕雑記帳
2020-01-31
  • 色の不思議あれこれ160
  • 「ハマスホイとデンマーク絵画」展
  • 上野東京都美術館で開催中の表記の展覧会を見た。とても面白かった。
     十年以上くらい前に、やはり上野・国立西洋美術館で「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」という展覧会があったはずだが、迂闊で見逃した。ちなみに、「ハンマースホイ」も「ハマスホイ」も同一人物、日本語表記の違いらしい。
     この画家のことは、私が営む週2日(日・月)だけ営業・暑い夏は完全休業(エアコンがない)の超狭小の古本屋にやって来てくれたお客様から教えてもらった。その方は、ハンマースホイの本はありませんか? と言うのだった。は? なんとおっしゃいました? と尋ねると、いろいろ教えてくださった。お客様は、神様だけでなく師匠でもあるのだ。ありがたいことである。
     それで、ハンマースホイという名を記憶して、すでに品薄になっていた図録をたまたま某所で比較的安価で入手した。だから、どんな絵を描く人か、図版で知ってはいた。なんだか辛気臭い絵だなあ、という程度の感想だった。
     ところが、今日見た実物のハンマースホイ、つまりハマスホイの絵は、どれも図版の何十倍もよかった。図版ではあのよさは到底分からない。
     何が分からないか? 大きさ、テクスチャー、筆触、調子を含めての色彩、などなど。図版では、たとえそれがどんなに優れた印刷でも、せいぜい見当がつく程度なのだなあ、と改めて思った次第。
     ハマスホイの絵は、どれも決して大きな絵ではない。色彩は控えめなほどだ。筆のさばきも地味、絵肌も全く凝っていない。つまり、声高に何事かを主張してくるのではないのだが、ムッチャ説得力があったのである。デリケートすぎるほどの調子の組み立てが絵を支えているゆえだろう。
     パースだって変なところがある。あるが、その「変なところ」が実に自然なのである。作図しているのではないのだから、図法的な正確さこそ不自然だ、ということもできる。また、パースのこととも関係することだが、床面と椅子やテーブルなどが接するところが曖昧にされていることが多い。しかし、だからと言って、床面が描けていない、というのでもない。明らかに絵の中の必要性がそういう表現を選ばせている。
     形状と形状とのキワ、それを輪郭部と言ってもよいかもしれないが、その攻め合いのデリケートさには目を見張らされる。惚れ惚れとするくらいだ。
     とはいえ、絵が完成してからキャンバスを木枠から剥がしていたものかどうか、もう一度張り直したのであろう。その張り直しがヘタクソすぎる。キャンバスを引っ張りすぎて、直線に描いてあったはずのものがゆらゆらしてしまっているではないか!
     描かれた形状のキワがゆらゆらしているのは、例えばモランディだってそうだ。だけど、モランディは必要があってあえてゆらゆら描いているのだ。キャンバスの張り直しでゆらゆらしてしまっているのとは違う。
     一体、誰がキャンバスを張り直したものだろう。まさか、ハマスホイ自身がやったわけではあるまい。そんな無神経な人の描く絵ではないのだ。キャンバスを張り直した人は深く反省してほしい。直線が直線であるように、と、さらにもう一度張り直したのでは、今度は作品に物理的なダメージを生じさせるだろう。悩ましいことだ。世が世なら、獄門打首だな。
     この展覧会で、ハマスホイはもちろん、ほとんど何も知らなかったデンマーク美術の一端を垣間見て、なんだか恥ずかしいような気もしてきた。
     私たちは忙しすぎる。じっくりと納得行くまで作品と取り組み続けることをおろそかにしすぎている。
  •  一方で、ユーリウス・ボウルスン『夕暮れ』の“ピンボケ”の表現には驚かされる。この作品が描かれた1893年には写真がすでに発明され、ある程度の普及もあったとはいえ、形状のキワがボケた状態の絵を描くのはそうたやすくはなかったはずだ(なぜなら、われわれの視覚はもののキワを明瞭に見ようとする)。それをやってのけている。そんな激しさも抱えながらの19世紀末のデンマーク美術、ということなのだろう。
     この展覧会を見たあと、同じ都美館でちょうど開催中の東京芸大美術学部の卒業制作展をざっと見物してみた。あまりのことにびっくりしてしまった(詳述はしない)。なので、余計にじっくりと取り組むことの大事さを考えさせられたのかもしれない。
    (2020年1月30日、東京にて)

    ●会期:2020年1月21日(火)~3月26日(木)

    ●休館日:月曜日、2月25日(火)
    ※ただし、2月24日(月・休)、3月23日(月)は開室
    ●開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
    ●夜間開室:金曜日、2月19日(水)、3月18日(水)は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
    ●観覧料:一般1400円 詳細はHP
    公式HP:https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_hammershoi.html





  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
当サイトに掲載されている個々の情報(文字、写真、イラスト等)は編集著作権物として著作権の対象となっています。無断で複製・転載することは、法律で禁止されております。