藤村克裕雑記帳
2019-12-04
  • 色の不思議あれこれ154
  • 目「非常にはっきりとわからない」展 その1
  • 天気の良い暖かな日、総武本線を待っていたら、人身事故でダイヤが大幅に乱れています、という放送。気の毒に、よほどのことだったんだろうな、とかその人(知らない人だが)のことを思っていると、すぐに電車が来て、千葉駅まで座って行けた。
     千葉駅で少し迷ったが、テレビ番組によく出てくるフクロウの交番を見つけて思い出し、あとは難なく千葉市美術館までたどり着けた。
     会場に入ると養生シートであちこちが覆われていて、矢印がチケット売り場を示している。素直に従って、売り場で、大人二枚、と言うと、お姉さんが、絵の展覧会ではありませんが‥、とか言うのである。それでいいんですよ、と言うと、本当にいいんですか? みたいな顔をする。本当にいいんですよ、とチケットを準備してもらっている間、クレームが多いんですか? とたずねると、曖昧な笑みを浮かべながら、浮世絵とかの展示を期待してこられる方がいらして‥、と言うのだった。
     確かに千葉市美術館は鈴木春信の展覧会など素晴らしい展覧会も開催して来た。そうした先入観にとらわれる年寄りほど、絵がないじゃないか! なんなんだこれは! プンプン! などと、そんなトラブルを生じさせるので、きっと、あらかじめ“予防線”をはったのだろう。お姉さんもかわいそうに。同時に、第三者が見る自分の姿に苦笑する。「ミニマルアート」展も、あの「コズス」展も「赤瀬川原平」展もこの美術館が行ってきたのに。
     チケット売り場でのお姉さんの説明が続く。
     このチケットをお示しいただけば、会期中何回も入場していただけます。今日はこれを胸のところなどに貼ってください。貼ってくだされば、何度でも会場の出入りが自由です。1階のこの会場では、どこを歩いていただいても結構ですが、7階8階では、白のテープか黄色と黒との縞のテープで区切られたところが通路ですので、通路以外のところには立ち入らないでください。なるほど。

  • 1階の広いロビー。壁面と窓には養生シートが巡らされ、床も様々な素材のもので養生されている。美術品を運搬するための大小の木箱やら様々な用具やら足場やらたくさんの椅子やら紙クズやらがあちこちに置かれて(実は全てくっつけられて)いて、観客用のロッカーも何台も並んでいる。一緒に行った家人は当たり前みたいにロッカーに荷物を預けた。高い天井の格調高いロビー全体が展示のための準備作業中のように見える。美術館だから、と掛け軸や屏風、はたまた額縁入りの絵、といった美術品の鑑賞を期待して訪れたとすれば、確かにそんなものはどこにもないわけである。美術館の裏側や展示作業の前後で用いられるものが置かれて(くっつけられて)いる。
     しかし、私どものようなツウになれば、こうした一見雑然とした状況に放り込まれても、随所に面白さやきれいさを見出して楽しむ術を刷り込まれてしまっている。「インスタレーション」という表現形式が一般化してもう久しいのだ。スマホに組み込まれているカメラ機能で、写真など撮ってしばし時を過ごしたりするのである。家人はタブレットだけど。
     やがて、やや満足して、通路をたどってエレベーターで7階8階のフロアを目指すが、通路もエレベーター前もエレベーターの中も養生されている。なるほど、細かな“芸”が見てとれる。

     まずは7階。エレベーターの扉が開くと、ここにも壁には養生シートが巡らされ、床も養生されている。部分的に工事用のタンカンを組んでシートで覆い、壁の形状を変化させている。養生シートは薄い。慣れなければ意外に扱いが難しい。難しいのに、実に上手にテープ留めされている。素人の仕業とは思えない。場所によっては、その横を通るたびにシートが大きく揺らいでその薄さと仮設性、それから音を主張してくる。美術品搬送用のとても大きな木箱がキャスター付きの台上に置かれて移動を待っているし、階段状の大きな構造物も置かれている。ダンボール箱もあれば、台車もある。
     7階には三つの展示室。その小さめの部屋では、ぐるりと巡るガラス板の連なりで壁に組み込まれた展示壁に洋画、掛け軸、屏風が1点ずつ展示され、それらの合間にクラフト紙が貼られたりしている。養生された床には、これまで見て来たものたちとそう違わないものたちが置かれている。
     大きめの部屋奥には折り鶴のようなものが無数に天井から下がっている。近付いてみれば、折り鶴ではなく、なんと時計の針の部分。秒針が動いている。秒針の動きにつれてやがて長針が動き短針も動くだろう。その動きによって、吊り下げている糸にごくわずかな揺れが生じている。他にも床に、木箱、足場、脚立などが配されている。足場の上部には紙筒が複数、部屋入り口から穴越しに時計針のあるスペースを見通せるように置かれていて、出会い頭のその部屋奥へのある種の透明感が心地よい広がりをもたらしている。“芸”が実に細かいのだ。
    つづく→
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  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
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