藤村克裕雑記帳
2021-02-12
  • 色の不思議あれこれ196
  • 近美の常設展
  •  数日間、一歩も家から出なかったことに気付いたのは、前の週の収集日にゴミ袋にかぶせた網がそのまま家の前の路上に置かれていたのを見つけてびっくりしたからだった。え? 収集車が来た後、何日間もずっとここにあったのか‥‥。
     取り込みながら、これはまずいぞ、と思った。まず、ボケ。次に、足。
     なので、さっそく歩くことにした。ボケは治らないだろうから。
     九段下で地下鉄を降りて近美=東京国立近代美術館をめざす。
     なぜ近美か。
     立派にジジイになったので常設展がタダなのである。 
     それを知った時もびっくりした。いつも、企画展のおまけみたいに常設展を見てきたので、常設展だけのチケットを買おうとした時、窓口の女性が、あなたはタダですよ、と教えてくれたのだ。思ってもいなかった。ジジイになるのも悪くない。ちょっと嬉しくもあった。
     近頃常設展が面白い、ということは以前ここにも書いたことがある(と思う)。
    とりわけ、コロナで、苦肉の策かどうか、自館のコレクションを上手に使った展覧会が、どの美術館でも増えているようである。良いことだ、と私は思う。
     で、近美の常設展である。近美には、ドイグを見に行って以来、行ってない。今はどうなってるかな、という期待もあった。
     あ、常設展、と言ったのでは正確ではないかもしれない。
     昔は、確かに「常設」だった。展示は大体ずっと同じで、あそこの壁にはあの絵がある、と決まっていた。時々、ほんの少しだけ作品が入れ替わっていった。今は、コレクション展、というべきか。数ヶ月に一度ずつ展示の全体が変わっていく。学芸員の腕の見せどころだ。
     今回も四階から二階へと暗黙のうちに誘導されるのに変化はないが、時系列の示し方が以前よりはるかに緩やかで、スペースごとにテーマを設定して展開させているようである。これからどんどん咲きだす春の花の絵などがあって、季節感も演出されている。ウシ年にちなんでか、ウシの彫刻もあって微笑ましい。サービス精神も満載なのである。


  •  坂本繁二郎の馬の絵と靉光の馬の絵とが並んでいる。高村光太郎の手のブロンズがムクの木の厚板の台に据えられたその凝った様子に目が行ったりする。
     セザンヌの受容の経緯を示そうというのか、セザンヌの絵と安井曾太郎の絵が並んでいたりする。なんでも、ベルラン・コレクションというのがあって、フランスに留学した安井はそこでセザンヌに感動したらしい。「そのコレクションのある家から外へ出ても、その辺の景色や、道行く人なんか、皆セザンヌの絵に見えました」と文に書くほどだったそうだ。近年近美が購入して、今回は安井と並べて展示してあるあのセザンヌは、そのベルラン・コレクションに含まれていたものだそうだ。こうした“物語”のサービスもある。
     同じ頃、岸田劉生は、柳宗悦の家で「沢山のゴオホやセザンヌや、ゴーガン、マチス等に驚いた」らしい。「ウンウン云って興奮し」、「涙ぐむ程」だったという。もちろん複製図版を見ての話である。そんな時代もあったねと、、、中島みゆきみたいにめぐるめぐるよ、と振り返れば、そこには中村彝のこれまたセザンヌみたいな絵がある。風が吹いて木々がたなびいている。とってもうまい。びっくりする。
     関根正二があって村山槐多がある。速水御舟がある。
     この辺で、もう、疲れてしまった。まだ、フロアひとつ分が終わっていない。 
     次のスペースには、アメリカ関係というか、ポロック、ゴーキー、ウォーカー・エバンス、、、、国吉康雄、野田英夫、、、。もう集中できていないのが分かる。野田英夫のスケッチブックがあって、これは初めて見た。
     あとは、もう、全くちゃんと見ていない。情けない。
     岡崎乾二郎氏が特別扱いされて何箇所にも展示されていて、ソル・ルウィットの特別室ができている。狗巻賢二氏の不思議な作品、若林奮氏の懐かしい作品、、、。股間若衆の特別展示。あ、違う、男性像の特別展示だ。木彫の年寄りの男性全身裸像もあったし、着衣像もあったから。小田原のどか氏への美術館からの応答のようにも見える。違うか。
     あ、報告にもなっていない。
     竹橋から地下鉄に乗るのだけはガマンして、別の駅まで歩いて、疲れ切って帰宅した。ロクに歩いてもいないのであった。苦笑するばかり。
    (2021年2月9日、東京にて)

    画像:上:靉光 「馬」1936年 油彩・キャンパス
       下:坂本繁二郎「水より上る馬」1937年 油彩・キャンパス

    ●MOMATコレクション
    特集:「今」とかけて何と解く?
    MOMAT Collection

    ・会期:2020年11月3日-2021年2月23日
    ・会場:東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(4F-2F)
    ・時間:10:00-17:00 *入館は閉館30分前まで
    ※当面の間、金曜・土曜の夜間開館は行いません


    公式HP:
    https://www.momat.go.jp/am/exhibition/permanent20201103/







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  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
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