藤村克裕雑記帳
2019-09-27
  • 色の不思議あれこれ144
  • 応挙の絶筆にびっくりした日以降のこと その1
  • 上野の芸大に用事があった日、ついでに、芸大美術館で開催中の「圓山応挙から近代京都画壇へ」展に立ち寄った。「ついで」というのが申し訳ないくらいの展覧会だった。とりわけ、応挙の絶筆と言われる「保津川図」に腰が抜けた。これがもうじき死んじゃう人の集中度だろうか。すごい。例によって、御免なさい! なのだった。もう一回見たい。会期末が近い。
     芸大美術館であまりにびっくりしたので、帰路、思わず、隣の東京都美術館「コートールド美術館展」にも立ち寄ってしまった。その日はガラガラにすいていて、セザンヌをはじめ、ゆっくり、じっくり、贅沢な時間を過ごすことができた。ここでも実に満ち足りながら、一方で、近代絵画の巨匠のみなさんに、御免なさい! をした。
     スーラの小品、いつ見ても、何度見ても、素晴らしい。欲しい。おウチにかけておきたい。始終、御免なさい! をしていたい。そうすればもう少し真摯に、今度こそ頑張れるかもしれない。いや、ダメだな。今頑張れていないのだから。

     次の日、古くからの友人が送ってくれた招待ハガキで「二科会」を見物した後、会場の国立新美術館から思わず山種美術館を目指してテクテク歩き出してしまった。そう遠くないのではないか、と思ったのだ。
     途中で食事したり、後悔したりもしながら、やっとなんとか辿り着き、「10周年記念特別展 大観・春草・玉堂・龍子」を見物した。これがまた面白かった。とりわけ、川端龍子が描いた日光東照宮の上に照る月を描いた絵(タイトルを忘失)に驚いた。西洋画を学んだあと日本画に転じたという龍子。西洋の透視図法の合理性と日本画の平面性・正面性とが合体・融合した実に不思議な説得力を持った絵だった。売店でハガキを探したが無く、図版を入手するにはカタログを購入する必要があった。ビンボーなのでカタログ購入は断念(従ってここにお示しできない)。こんなにビンボーでは、いくら小品でもスーラの入手は完全に夢物語。現実というものは実に厳しい。スーラの小品が欲しい、というささやかな願いさえ切り捨てる。
     そんなわけで、展覧会には満足したのだが、ヘトヘトになってしまっていた。でもお財布が許してくれないので、タクシーとかに乗るわけにはいかなかった。さらに恵比寿駅まで歩き、JRに乗って帰宅した。頑張ったぞ(歩くのだけは)。

     
  • 数日後、今度は「引き込み線/放射線」を見物しに所沢を訪れた。若い美術家たちによる自主企画展。
     所沢には昔、お絵かき教室の先生をやるために毎週通っていた。その仕事の帰り、駅近くの本屋でアンパンマンの絵本を見つけて買って帰った。その絵本は、お腹をすかした旅人などにアンパンマンが「僕の顔を食べなさい」とか言って自分の顔を差し出し、あげく、顔が半分になって空を飛んで行くのだ。その姿はとても怖い。こんなのあり? とびっくりしたのでお土産にしたのだ。まだ小さかった息子たちの反応はビミョーだった。やがてアンパンマンは大人気になった。そのアンパンマンの絵本はまだどこかにとってある。
     というわけで、所沢の変貌ぶりはあまりに激しく、会場までの道を迷ってしまった。実は初日に見物しようと思っていたのだったが、あの「台風15号」がやってきていて、断念。台風の最中ならもっと迷っていただろう。
     なんとか辿り着いた展覧会の見物には、ちょうど会場にきていた出品者の一人の東間嶺氏が付き合ってくれて、それぞれの作者の情報などのコメントをしてくれた。それもあってどの作品も面白く見ることができた。一人一人違うのがいい。この展覧会が終了したらすぐに取り壊されるという古いビルを、上手に使っている。美術館とかギャラリーとかにこだわらない姿勢が、若い人たちにこうして当たり前になってきていることが素晴らしい。
     東間氏の作品は、ご母堂のご実家のあるフクシマを扱って、家族アルバムからの写真、文字、音声、映像プロジェクションなどによるサイトスペシフィックなインスタレーション。大きな窓を取り込んでいて、時間の経過で光の様相が変化する。窓から見える隣の敷地のモデルハウス群との対比が印象深かった。
     一回りして受付に帰ってくると、協賛金のご検討を、と言われた。応じていると、東間氏がその様子を写真に撮っていて、あとでメールが来た。さっきの写真をSNSというのに“アップ”していいか? というのである。オッケーと応じると、素早く“アップ”されていた。その写真をみた家人が、あんた、これではあまりに「爺さん」じゃないの。今から頭を削ろう! とバリカンを出してきて私の頭を削ってしまった。家人はのびてきた髪をバリカンで切ることを「頭を削る」と言う変なクセがある。私は丸坊主になったが、「爺さん」ぶりに変化はなさそうだった。だって、ハゲの頭は削りようがない。
    つづく→
  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
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