藤村克裕雑記帳
2022-06-27
  • 色の不思議あれこれ218
  • 北海道づくしの日々
  • 北海道に行ってきた。行って、何をしてきたか? 秘密(ひ・み・つ)である。とは言え、実に濃密な時間であった。さまざまな方々にお世話になった。ありがたいことである。

     東京に戻ってきたら、今日など、気温36度、とか言っている。コロナ予防で計測される私の体温と同じ温度である。確か、まだ梅雨明け前だ。ホントの夏が怖い。
     あんまり暑いのでエアコンをつけると、テレビで、電力が足りなくなりそうだ、などと言っている。家電の中ではエアコンが一番電力を使う、などとも言っている。タイミングが良すぎるのではないか。背後に、何か怪しい意図を感じてしまうのは、私だけだろうか?

     そんな中、仕事場を片付けていると、思いがけないところから、江藤淳『考えるよろこび』という本が出てきた。全く記憶にない本である。どこかの古本屋の100円ワゴンセールで買ったまま忘れてしまったのだろう。
     「まえがき」を見ると「講演をまとめたもの」とある。「目次」では6つの講演が収められている。「まえがき」に戻ると、その中の一つについて、「『婦人公論』の講演会の時に話したので、札幌のほかに旭川、帯広、釧路の三カ所で同じようなことを話した」とある。ここまで読んで、あれっ? と思った。

     昔、帯広市で純朴な高校生をやっていた頃、江藤淳と寺山修司が講演をしにやってきたことがあった。私はそれをポスターで知って、自転車を漕いで聴きに行った。会場は帯広市民会館大ホール、確か無料だった(はずである)。最前列に席を占めた(はずである)。

     寺山修司は身体の大きな人だった。家出をしなさい、という話をした(はずだ)。家出がどれほど優れたおこないであるか、を手を替え品を替え話していた(はずだ)。家出ができそうもない人は、せめて今日の帰りをいつもと違う道筋にしてごらんなさい。それが締めだった(はずだ)。
  •  江藤淳の話の方は全く記憶にない。ないが、雑誌とかで見る写真と同じ顔をしてスーツを着ていた。
     件の本の「まえがき」には「一九六九年十一月二十日」と日付がある。本の末尾には、「講演の年月・主催・場所」の一覧表があって、問題の講演は「一九六八・六・一一/婦人公論/札幌市公会堂」とある。
     間違いない。
     この講演と“ほぼ同じもの”を高校生の私はきいた(はずだ)。おそらく一九六八年の六月。タイトルは「女と文章」とある。文藝春秋社主催だったような気がしていたが、それは思い違いだった。

     「女と文章」は、「昨年の正月号以来、ちょうど今年で一年七ヵ月になりますけれども、私は『婦人公論』の『文章』という欄の選者をやっております」と始まる。
     「読者の文章を毎月々々十編ないし十二編ほど読んでおりますと」「おおむね一般にいえることは、自分になにかが欠けている、あるいは自分からなにかが失われようとしている、あるべきものがないというような、そういう気持ちが共通して存在する、ということです」と述べて、「なにか人間の表現衝動の根本には、なにか大事なものが欠けているという自覚が潜んでいるのではないかというセオリー、仮説 が立てられるのではないか」と一般化して、「さっき私は寺山修司さんのお話を、舞台のそでで伺っていたのですけれども」と例示して、その寺山の講演においても、江藤の「セオリー、仮説」が成り立つことを述べてから、ごく自然にキャサリン・マンスフィールドの話に展開していく。
     マンスフィールドはニュージーランドで大変恵まれた環境で育った。では何が欠けていたのか?
     「それはやはり文化というものだったろうと思います」と江藤淳は答えるのである。
     「ニュージーランドというところは風光明媚な国です。日本のような火山国ですから、山があり、谷があり、氷河があり、実に美しいところですが、妙に空虚な感じもする。」「これは美しいといっても、人間がつくり上げた美しさではない。自然が地殻の変動を起こして、地震を起こしたり、火山を爆発させたりして、つくり上げた風景です。美しいのだけれども、そこには人間の記憶というものがなにもないのです。人間の記憶がないということは、とりもなおさず文化がないということです。そういうニュージーランドのようなところにいて、感受性に恵まれた一人の少女が、自分の生活環境に本来なければならないけれども、欠け落ちているものに直感的に気がついたとする」、と講演旅行先の北海道向けの問題提起を忘れない巧みさ。心憎いほどである。
     その後、話はさらに展開しながら、「今は、物質的な繁栄の只中で、みんながいろいろなものを奪われつつ生きている時代です。そういう時代だからこそ、これを埋める渇望が生まれなければならない。文章を書くということは自分の姿を確かめるということでもあります。」「私どもはこういう激しい変化の時代に、紫式部がかつてそうしたような意味で、私どもの文化の意味を再確認する必要があるのではないか。」と締められていた。
     以上を読みながら、当時の江藤淳の講演を思い出すかも、と思っていたが、全くそういうことはなかった。申し訳ないことである。

     55年ほどの時間が経っている。その北海道で、55年前に高校で一緒だった友達が五人、遠いところまで顔を見せてくれた。電話をくれた者もいた。
     一人の友人を訪ねたら、その玄関に40年前の私の最初の個展の作品写真が額装されて飾ってあった。別の友人の職場を訪ねたら、蠣崎波響のアイヌ絵の実に精巧な複製がズラリと迎えてくれた。複製と言っても舐めたものではなかった。じっくりと眺めて時間を過ごした。

     北海道で何をしてきたか、いずれお知らせすることになるかもしれない。そんなわけで、北海道づくしの日々である。
                             
    (2022年6月26日、東京にて)

    画像上:「考えるよろこび」講談社文芸文庫 著:江藤 淳
    画像下:北海道風景
  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
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