藤村克裕雑記帳
2019-04-03
  • 色の不思議あれこれ129
  • 「麻生三郎資料室」展を見た
  •  「麻生三郎資料室」展という展覧会を見に、地下鉄有楽町線新富町駅六番出口から出た地上は初めての所。歩道から下方に細長い空間が広がって遊んでいるひとたちが見える。向こうの方には桜が満開の公園が続いている。もとは運河か川だったのではないか、と見当をつけながら「タイムドーム明石」という施設を目指す。「浅野内匠頭屋敷跡」と示す碑がある。聖路加国際大学がある。「女子学園発祥の地」という碑もある。あらま、「慶應義塾跡」の碑まである。キョロキョロしてしまった。
     「麻生三郎資料室」展は6階区民ギャラリーで4日(木)まで開催中。「資料室」というちょっと謎めいた名称で少し地味なのだが、この展覧会がすごいのだった。  
     私は二年前にも、高円寺の画廊でこの「資料室」の展覧会を見たことがある。その時、麻生三郎の油絵やデッサンの“本物”がたくさん展示されていてびっくりした。もちろん、本や雑誌などの「資料」もたくさん置かれていた。しかしその時には、道を間違えたりして時間がなくなってしまって、じっくり見ることができなかった。帰路、麻生三郎という人はこんな風に「資料室」を構えてくれる人がいるくらい大事にされているんだなあ、としみじみ思った。ムサビとか自由美術とかではなく、個人が(あるいは個人が何人か集まって)「資料室」を“構えている”のである。その時は時間が足りずに心残りばかりだったので、今回は他の用事を抱えずに訪れた。
  •  会場で迎えてくれた「資料室」のOさんとは、週に二回だけわがままに営業している私の古本屋のお客様として知り合った。Oさんと麻生三郎との関係について、Oさんに伺ってみたことはない。ないが、麻生三郎へのOさんの深すぎるほどの敬意は、どんな時もひしひしと伝わってくる。そしていろいろなことを教わって来た。
     会場に展示されているのは、戦前の油絵を含めて、デッサン、油絵、どれも素晴らしい。加えて、カレンダーや書籍カバーなどの印刷物、麻生三郎の著書、画集、展覧会カタログ、関係雑誌、自筆原稿、閲覧しやすく配慮された今回の展示作品に関係する資料のコピー類など。二年前には展示されていなかった“新しい”ものがたくさん含まれている。どれも、素晴らしい。愛情の込められた細やかな配慮がさらに嬉しい。
     戦前の作品は戦時の空襲で随分焼けてしまったというが、残された作品のうち、会場に展示されていたパンジーを描いた小品やサエグサ旧蔵の「花」を見ると、色感の良さ・デリケートさが十分に示されている。こういう下地があるがゆえの、私たちが知る“麻生様式”だった、それが巧みに示されている。一見、何が描かれているか分からない画面。描かれているものが判明したと思っても、それが一つの意味におさまらず、形状同士の繋がりが次々と変化して、イメージが重なり固定することがない、そんな“麻生様式”。その色彩は確かに明るくはないが、決して汚くない。というか、きれいなのだ。展示されている“麻生様式”の代表作の一つと言って良いはずの「ぱんと手とこっぷ」(1974年)などを見ればそのことは明らかであろう。
     Oさんはいつだったか、ペンで描かれた麻生三郎の風景デッサンを数日貸してくださったことがあった。それを見入っているうちに、ふと思い立って模写してみた。その時、どの線もどの点も必要で、しかも描いている対象物の根拠があり、それに反応している麻生三郎の生き生きした心の動きと「画面」に注ぐまなざしのありようがとてもよく分かった。稀有なことである。模写した絵は仕事場に置いて、戒めの一つにしている。そのオリジナルも会場にあって、戒めを新たにしたのである。オリジナルのサインは「ASO」、私の模写には「ASSO」。私のやることを「あっそ」と見てくれているように。「で?」と。
     ともかく、驚くべき展覧会である。ぜひご覧になることをお勧めしたくて急遽記した次第。残りの時間が少なすぎて申し訳ない。

    (2019年4月3日、東京にて)

    ●会期:2019年3月28日(木)~4月4日(木)
    ●会場:タイムドーム明石 6階区民ギャラリー
    中央区明石町12-1 電話:03-3546-5537

    https://www.city.chuo.lg.jp/bunka/timedomeakashi/annai.html


  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
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