藤村克裕雑記帳
2015-11-10
  • 色の不思議あれこれ037
  • 長新太の仕事(2)
  • もうひとつ、今回の展覧会で特筆すべきは、18才だった長さんの戦争体験を描いた漫画作品が展示されていたことだった。私はこれをはじめて見た。
    それは、『火の海』というタイトルだった。『子どものころ戦争があった』(あかね書房、1974年)という本で発表されたものらしい。最初のコマに「1945年/4月15日より16日朝までの/東京・蒲田における/空襲の記録」との添え書きがある。漫画の形式を用いてはいるが、ちゃんとした「記録」だ、というところが大事だろう。
    空襲の中、お母さんやお父さんとはぐれて、お兄さんと二人で防空壕に入るが、あまりの火の勢いで、ちいさな川のそばに移動し、火が迫ってくるので川に入って熱さを避け、気がつくと朝、そして、お母さんとお父さんとに再会できるまでのことを、客観視して描いている。投下された爆弾の爆発で地面が揺れる、体が浮き上がるほどの衝撃、直後に上から降ってくる土の雨…、一つ一つのコマが伝えてくるものが、驚くほどリアルだ。なんだか、長さんの表現の根っこにあったものを垣間見たようで、大変感動した。こうしたものを、洗練の極みの技で描いているわけである。とはいえ、技を意識させるところは微塵もない。それもまた長さんのすごいところだ。
    長さんが、ベトナム反戦のためのイラスト『無題』(1968年頃?)を描いていたことは、「ちひろ美術館・東京」での先の展覧会にもそれが出品されていたから、私も知っていた。これは今回も展示されていた。素晴らしい作品だ。
    私の手元には、ただただ長さんの仕事が好きだから、という理由で、古本屋で見つけては、つい買い求めてきた長さんの資料群がたまっている。とても人に自慢できるようなものではない。が、その中にふたつ、『週刊アンポ』11号(1970年)と絵本『へんですねえへんですねえ』(絵・長新太、文・今井祥智、構成・田島征三、1972年)。このふたつは、資料群の中でもとりわけ大切にしてきた。
    『週刊アンポ』は小田実の発行。創刊号の表紙を粟津潔、第2号は横尾忠則、第3号は…、というようにそうそうたる人々が描いている。11号では長さんが表紙を描いた。素晴らしい表紙だ。
    『へんですねえへんですねえ』は「ベトナムの子供を支援する会」の発行。長さんはイラストを描いている。おそらくは、長さんはスミ一色で描いたイラストで参加し、それらのレイアウトや色指定を田島征三氏がおこなって冊子としたものだろう。この冊子の売り上げの60パーセント、当時定価が一冊200円だから120円を、ベトナムの子供たちにポータブル・レントゲンをはじめとする医療機材をおくるために使う、とある。いわゆる北爆で“ボール爆弾”がたえず投下され、多くの子供たちを殺傷していた頃のことだ。ベトナムの子供たちが、かつての自分と同じような恐怖のさなかにあることに、長さんもじっとしていられなかったのだろう。
    これらは、漫画に描かれたような長さんの空襲体験が、素直に作品に繋がった例だと思う。ゆえに反戦の意思を“直接的に”表明したのだろう。漫画作品の発表はこれらより遅い1974年。自らの戦争体験を作品に描くには、多くの時間を要した、ということだと思う。
    そんなわけで、こんなことを感じるようになった。
    長さんの絵本の仕事やイラストの仕事には、実は長さんの戦争体験が随所に姿を変えて現れ出ているのではないか。
    今回の展覧会を訪れたことの大きな成果だと思う。
    長さんの「ナンセンス」と、第一次世界大戦後のダダとの共通点を想起するのは、あながち見当違いでもあるまい。長さんは、既存の秩序というものを信用していないのである。それが「ナンセンス」とか「ユーモア」としてあらわれているのではないか。ありふれた画材をこだわらず使用し、かならず原画を描いたのも、同じことではないか。
    作品にたびたび巨大なものが登場することも、恐怖に目を凝らした時のものの見え方を思い起こさせられる。そんな瞬時には、ものが大きく、そして細部までしっかり見えているではないか。
    繰り返し描かれる地平線のある野原や水平線のある海、これらと、空襲後の東京の焼け野原を目にした体験とは、どこかで繋がってはいまいか。
  • 火山や溶岩がたびたび登場したり、同様“群れ”が繰り返し描き出されたりすることについては、いうまでもなかろう。『ぼくはイスです』(1979年)にはある典型例を見いだせる。
    とはいえ、これらの解釈を急ぐ必要はない。じっくり、ゆっくり考えてみよう。
    長さんの仕事をアニミズムやシュル・レアリスムとの関係からだけ見ていては、見逃されるものが大きすぎるのではないだろうか。
    こうしたことを含みながら、ユーモラスで優しい長さんの筆致や線、絶妙な色使い、筆遣いを半日充分に堪能させてもらった。じつに面白かった。もう一回見たいくらいだ。
    (2015年7月26日、東京にて)

    つづく
  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
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