帰路、思い立って、三谷龍二の「10㎝」に行ってみようと思った。道筋を考えていると、途中、松本城近くの松本城を模した形状の建物の古本屋に寄って行けることに気がついた。以前、その店で明治時代の小学校の美術の教科書を買ったことがある。それは私の宝物の一つになっている。ときどきそれを開いて様々なことを考える。そういえば、あの時、橋本雅邦が作った教科書を買いそびれた。高かったからだ。
立ち寄ったその古本屋は、書棚の前に無秩序にうずたかく本が積み上げられ、以前来た時と同じ迫力を醸し出している。ほんとに売っているのかなあ、という迫力だ。
棚の本の配置は以前とは変化していたので、
前に松本に来たときここに寄ったら、あの辺に昔の小学校の美術の教科書があったんですけど今もありますか?
とご主人に尋ねてみた。
「ありますよ。たしか、このへんだなあ。」
とご主人はやりかけの作業を放り出して本の山を崩し始めた。
「あのー、無理しなくていいですよ。」
と思わず私はビビッてしまった。
ご主人は私を無視するようにして、いささか乱暴に本の塊を移動し続け、
「ほら、あった。」
と何冊も取り出してくれた。ただの乱雑な本の山ではなかった、というわけだ。
敬意を表して一冊購入を決意すると、半額でいい、と言う。で、思わず二冊買ってしまった。クラフトフェアを見に来て、何一つ「クラフト」を買わず、なぜこうして明治時代の教科書を買っているのか? 苦笑しつつ小さな通りを「10㎝」に向かう。
その通りに人が溢れているところがある。見ると、「ミナぺルホネン松本」。しばらく行くとまた人が長い列を作っているところがある。「10㎝」。中に入りたかったら列に並びなさい、とやんわりと言われてしまった。せっかくここまで来たのだから、と最後部に並んだ。西日が暑い。おしゃれな格好のお嬢さんがカメラを持って、
「ちょっとすみませんが、ここ、どいてもらえます?」
と言う。「10㎝」営業中を示すおなじみの古い自転車を撮りたいらしい。おとなしく素直にどいてあげると、自転車にカメラを向けシャッターを切ってとても満足そうにした。「ミナ」に群がっていた人たちも、ここにきている人たちも、フェアの会場にあふれていた人たちも、なんだか、同じ“テイスト”の人たちみたいに私には思えた。私は、大変複雑な気持ちになった。
次の日、市立博物館を手始めに、松本民芸館などを見物して、松本の民藝運動の一端に触れ、丸山太郎とか栁沢次郎とか池田三四郎とかの名前を覚えて帰宅した。
久しぶりにここに書いた。松本見物記のおそまつ。
2014年6月8日、東京にて。