藤村克裕雑記帳
2022-06-07
  • 色の不思議あれこれ217
  • 近所の工事が巻き起こしていること
  •  拙宅の近所で住宅を取り壊して集合住宅を作るための工事が始まった。不意に、あ、ついに直下地震! というほど強く揺れたりする。そんな時は、直ちに、この文を打ち込んでいるこの場所から離れる。周囲の棚からの本や荷物の直撃を避けるためだ。
     工事の揺れと本物の地震との区別がつかない。が、本物と違ってすぐにおさまるから、その時点で安堵する。また揺れる。逃げる。安堵する。戻る。何度も繰り返す。幸い物品の落下による被害は今のところない。時々、本物の地震もあるし、厄介な毎日である。
     ということであるから、このところほとんど外に出ていない。外に出ずに何をしているか? 秘密(ヒ・ミ・ツ)である。
     工事の揺れもそうだが、近所にネズミが出没するようになった。あたりを走り回っているのを数回見た。同じネズミかどうか分からない。この間はウチの脇の方の通路に姿を消した。え、やばいぞ。
     まだ、家の中では遭遇していない。いないが、入って来られると実に厄介なので、毒物やあの粘着力の強い“鼠取り”を買ってきて外のあちこちに仕掛けた。毒物は程なく全部キレイになくなった。死骸は見つからない。
     今朝、家人が洗濯物を干したあと深刻な顔つきで、エアコンの室外機の下に仕掛けた“鼠取り”に小鳥がかかっている、死んでいるみたい、と言いにきた。お願い、片付けて。
     私はイクジがないので、やだ、と言った。
     家人は一旦は諦めたようだったが、もう一度やってきて今度は料理用のあの薄い手袋とポリ袋とを持って、これに入れてゴミ箱に入れて、と今度はキリリとした顔で言った。
     おとなしく従って、手袋をしてポリ袋を持って室外機の下を見ると、スズメが“鼠取り”にペッタリ貼り付いて事切れていた。
     昨日の急なドシャ降りを避けようとしたのかしら、かわいそうに、と家人が言った。
     私は事務的に“片付け”を完了し、手袋を外すのに手間取っていた。裏返すようにするの、それも捨ててね、と家人が言った。
     それからいつものこの場所に戻ると、今度はパソコンの脇に積み上がってしまっていた資料が崩れ落ちた。ドラマチックな朝である。片付けに余計な時間がかかる。

     ネズミといえば、「スーパー・ラット」のあのチムポムの森美術館での展覧会は終わってしまった。結局見に行かなかった。“改名”したようだが、覚えることができない。何かの雑誌でエリイという名のメンバーの一人と、誰とだったか、対談していたのは読んだ。その雑誌を確認しようとするが、今、行方が分からない。
     それにしても、渋谷でネズミを捕獲して殺し、死骸を剥製にしてピカチューの像にしてしまう、とはよく考え、よく実行したものだ。まだ、その実物を見たことがない。村上隆氏の「スーパー・フラット」をコケにしているのも、なかなかのものだ。命名のセンスは大事なのだ。
     チムポムの兄貴分は会田誠氏である(らしい)。その会田氏と「あんどー」氏とがツイッターで“小競り合い”をしている(らしい)。「あんどー」氏が会田氏に対して用いた「延命」という言葉に反応した会田氏が使った「お里」という言葉、その背後にある“無意識”の構造を「あんどー」氏が鋭く指摘した格好になっている(らしい)。私が見るに「あんどー」氏が優勢である。とはいえ、私はツイッターのアカウントとやらを持っていないので、不確かな情報に基づくただのヤジウマの噂話である。
  •  さて、そんな毎日なのだが、なんとか見ることができた銀座・ギャラリー58での「風をたくらむー風倉匠」展が面白かった。2007年に71歳で亡くなった人のギャラリー企画による回顧展である。
     風倉匠といえば、その人が若い頃、真っ赤に熱したコテを土方巽に“手伝って”もらって胸に押し当てた、というゾッとするような行為をした人、というのが真っ先に思い浮かぶ。さまざまな写真で見る風貌も独特で、私には「謎の人」であった。1950年代末からの永い活動歴からすれば、展示されていたのは残された作品や活動記録のごくごく一部であろうが、展示されていたいずれの作品も興味深く見ることができた。とりわけ、膨らませた大きな黒い“風船”の中に体ごとスッポリ入って行なった複数の行為の映像による記録の“上映”は、どこかしら漂うユーモアがよく捉えられていて印象深かった。それにしても、彼の行為は、その大部分が命懸けの危険なものである。高いところから飛び降りたり、椅子に座って椅子と一緒にそのまま傾いて床に体を打ちつけることを繰り返したり、など。その大部分は写真や映像には記録されていない。その場に立ち会った人の文や風倉匠当人の発言などで想像できるに過ぎない。しかし、それらはいかにも潔い風倉匠の姿を想起させてくれる。私の手元には『機関』の風倉匠特集があったはずだが、例によってこれもすぐには探し出せない。特集の内容の記憶も曖昧になってしまっている。ともかく、命懸けの行為を怪我や死を恐れずにやってしまった人だ。その人が、行為(近年はパフォーマンスと言っている)だけでなく、デカルコマニーを手がかりにした絵を多数残していたことを今回現物で知ったし、オブジェも見ることができた。風倉晩年の活動として、総合ディレクターをしていたという福岡の「共同アトリエ・3号倉庫」の活動の紹介もあったが、そのメンバーに旧知の河口彩氏の名前を見つけ、なぜか嬉しくもなったのだった。
    (2022年6月4日、東京にて)


    2022年5月17日~6月3日
    会場:Gallery58

    公式HP:https://www.gallery-58.com/
    公式ブログ:http://blog.gallery-58.com/

    展示は終了しました。


  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
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