藤村克裕雑記帳
2023-08-16
  • 藤村克裕コラム239
  • 若林奮を見にもう一度ムサビに行った
  •  梅雨もとっくに明けて、やっぱり暑すぎる。台風も押し寄せてくるし。なーんにもやる気がしない。
     が、思い立って、午前中の「鷹の台駅」に降り立ち、玉川上水脇の遊歩道を木漏れ日を浴びながら進んだ。ムサビの「若林奮 森のはずれ」展が数日後に終わってしまうので、その前にもう一度見ておきたかった。
     会場一階「アトリウム1」に10点並ぶ「Daisy」にすでに圧倒されている。先に訪れた時、何を見ていたのか? と出会い頭で呆然とした。一点一点が実に丹念に作り込まれており、それぞれ表情を違えている。そして、整然と並んだ展示が、一点一点のその表情の内奥へと分け入ることを促してくる。あるものは、分厚い鉄の板材の溶断の跡と研磨して作り上げたエッジまでの盛り上がりとで絶妙な垂直線を形成している。そのことに気付かされ、その垂直線(=稜線)が上と下とで、内側に直角を抱えた水平線に分岐するはずのところで正三角形に断ち切られていることに改めて気づいて、「彫刻」としか呼べないその様子に長い時間目を凝らしたりした。さらに、直立する4×10、40の面は「絵」のようである。絵の具を用いない「絵」。おそらくは、熱の“絵の具”。背の低い私には、近いところから上面が見えないが、それぞれに施された”細工”には、紅殻、胡粉、黄土という物質が解かされているという。2階アトリウムや階段やスロープからそれらの”細工”や色は見ることができる。また、クレーンで移動するためだろうか、上部に小さな穴があいていることに気づいて覗き込むと、向こうの作品の奥の奥の方まで見通すことができた。展示の技量の確かさに驚かされることになった。
     
  •  「展示室2」の「所有・雰囲気・振動ー森のはずれ」を覆う鉛の“薄板”には、あちこちに手の跡が残されていた。先史時代の巣窟壁画に残される手跡を想起させ、さらに「振動尺」の手跡らしき穴を連想させるこの、おそらくは若林奮自身の手の跡にも、今回初めて気づくことになった。また、先の拙文に鉄製の部屋は「六畳ほど」と書いたと思うが「十畳ほど」の大きさだった。お詫びして訂正させていただく。
     二階「アトリウム2」に置かれた三つの「The First White Core」は”台座”のように見える木以外、どんな材料でどんなふうに作られているものか、全く見当がつかない。会場に置かれたパンフレットによれば、硫黄を用いた別の作品の雌型を用いて作ったもののようである。不定形の黒が大変美しい。とはいえ、ここでも色彩は絵の具やペンキのように色材・媒材・希釈材、、、というような仕組みで成立しているのではなく、明らかに別の成り立ちを持って成立していることが見て取れる。物質が熱を帯びたり別の物質と反応して変容した結果の色、進行中のサビの色、とでも言おうか。壁の作品も「絵」に似ているとはいえ、全く別のシステムを孕んでいることが見て取れる。
  •  「展示室5」の5点の「振動尺」は見れば見るほど手が込んで作られているのがわかってくる。今回の展示は、そういうところまで目を凝らしていくことを自然に誘導してくれていてありがたい。長い時間、後方に回り込んで一点一点見ることができた。一見して平面、と思われたところがいくつかの細部を組み合わせて作ってあったり、平面ではなく実はわずかな盛り上がりを呈したり、抉れたりしていることや、信じ難い角度でドリルが入っていたりすることには、なかなか気づけない。監視のお嬢さんは、気が気ではなかっただろうが、堪忍していただきたい。同じ部屋の「閉じた系列としての振動ー自画像」は見過ごしてしまいそうだが、豊田市美術館での展示で初めて公開された系列の作品だと思われる。滞在先のホテルで、備え付けの便箋などに描いた自画像を細長いボルトで留めたものである。中を見ることができない。中を見ることができない作品は、70年大阪万博で作った地中に埋めてしまった作品や「百粒の雨粒」などで若林さんにはお馴染みだが、ここでも同じような仕組みが登場している。そうしてみると、さっき見てきた「Daisy」の内部にも何かがぎっしりと作り込まれているのではないか、という気がしてくるし、「振動尺」の内部にも、「森のはずれ」の白くて細長い構造体=紙(?)にも同じようなことを感じさせられてゾッとしてくる。私たちはものの表面しか見ることができない。そこを超えようとする視線を保持すること(そんなことできるか?)の大事さ、というか。
  • 「展示室6」は、パリ留学中に訪れた旧石器時代の洞窟壁画群の写真資料などから始まる。初公開のものも数多いのではないだろうか。「振動尺」や「森のはずれ」といった帰国後の展開がよく示されていて、改めてじっくりと見ることができた。
     今度も長い時間が経っていた。学食でカツカレーを四百円で食べた。バス停で蚊に刺された。蝉が鳴いていた。

     が、すでに大部分の記憶が怪しい。困ったことだ。ともかく、現場で実物を見なければわからないことや見過ごしていることが、実にたくさんあることを今回も実感させられた。見る、ということはいつまで経っても難しい。

    (2023年8月10日、東京にて)
  • 「若林奮 森のはずれ」
    2023年6月1日(木)-8月13日(日)
    武蔵野美術大学 美術館・図書館

    ※展示はすでに終了しています。


    作品部分
    3・4枚目画像:《The First White Core Ⅰ》1992年 木、硫黄、銅、石膏 125.5×70.5×78.0cm
    展覧会パンフレット
  • [ 藤村克裕プロフィール ]
  • 1951年生まれ 帯広出身
  • 立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。
  • 1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。
  • 1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。
  • 内外の賞を数々受賞。
  • 元京都芸術大学教授。
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