藤村克裕雑記帳

色の不思議あれこれ202 2021-07-16

小渕沢で16000歩

 一ヶ月近く前になるか、一枚のハガキが拙宅に舞い込んできたので、しめた! と早速計画して、昨日、家人とともに小淵沢に行ってきた。新宿からの「あずさ号」を奮発したわけだが、実は、早くに予約すると、とってもお安くなるのである。私も家人も小渕沢ははじめてだった。
 ガラガラに空いた「あずさ号」は冷房がよく効いていて、途中から薄手の上着を羽織らねばならないくらいだった。そのままの姿で小渕沢駅ホームに降り立ったが、正解だった。涼しい。マスク越しでも空気が爽やかだ。
 駅を出ようとしたら、なんと、猛烈な雨が降り出した。少しためらったが、構わず折りたたみの傘をさして歩き出した。目指すは「Gallery Amano」。ハガキには、駅から徒歩26分、とある。
 ほぼ、上りの坂道。それを想定しておらず、たちまちバテそうになった。が、頑張った。汗が吹き出て、上着を脱いだ。緑が新鮮で気持ちがよかった。雨もだんだんおさまってきた。
 そんなふうにたどり着いた「菊池敬子展」。

 気持ちの良い空間に展示されたどの作品も、横方向に伸びる複数の色の帯が画面を覆っていた。決して声高ではないが、どれも色彩が確かな主張を伝えている。どの色彩もそれぞれニュアンスに富んでおり、相互に、全体に、複雑な響きあいを生じている。さらに見てゆけば、一点一点異なった繊細なアプローチがあって見飽きることがない。油絵具でなければ作り出せない独特な物質感の強さと、時に風景画のように見えたりもするものの、何かに特定しようとすると瞬く間に逃げ去ってしまうイメージの広がりとが、交互に現れ出てくる。面白い。
 じっくり一つ一つ見ていると、画廊主らしき男性が現れて「作家のお知り合いですか?」と言う。「はい」と応じると、それ以上何も言わず、こちらの様子をしばらくうかがっていて、やがて姿を消した。こういう場所では、放置しておいてくれるのが一番ありがたい。
 ふと気づくと、この作家の今までの作品写真のファイルが置かれている。中を見て、すでに十分すぎるほどのキャリアの持ち主だということを再確認させられた。一貫して誠実な仕事ぶりである。なるほど、とさらにもう一度展示されている作品を見た。

 画廊主が電話しはじめたのが聞こえてくる。私も家人も、展示に十分満足したが、電話は続く。画廊を出るタイミングを失ってしまった。結局、挨拶もせず、そっと画廊を出た。
 お腹が空いたので、あたりのお店で食事をした。その間に、雨がすっかり止んで陽が射してきた。窓越しに見える木々がキラキラしている。
 家人がそこのお姉さんに「甲斐小泉駅までここから歩くとどのくらいかかるかしら?」と尋ねた。お姉さんは「ここからですか?」と言う。「はじめてで道がよく分かんないけど大丈夫よね?」と家人が続けると、「ずっと上りが続きますしねえ、、、」とお姉さんは言った。あなたたちみたいなおじいさんとおばあさんはムリしないほうがいいですよ、という口ぶりである。
「一時間くらいかかりますよ」
お姉さんは向こうに行ってしまった。
 「小海線」に乗ることはやめた。
 家人は即、「道の駅」に行きたい、と言った。
 地図を見ながらたどりついた「道の駅」で、私は「金色の豚さん」を見つけて買った。疲れていたのだろう。元気になれそうな気がしたのだ。柔らかな樹脂製で、体を押すとブーブーと音がする。メイド・イン・チャイナ。
 ブーブー、と手に持って、今度は小渕沢駅を目指して歩いていると、「うーるさい!」と家人が言った。止むを得ず「金色の豚さん」をバッグにしまって、あとはモーモー、ひたすら歩き続けるばかり。小渕沢駅にたどり着けた時、ケータイの万歩計は16000になっていた。
 シンプルでとっても良い一日だったけど、とっても疲れた。帰りの「あずさ号」では、爆睡。
 今朝、家人は筋肉痛を訴えている。私はなんでもない。
 明日はきっと痛いわよ、と言って、家人はどこかに行ってしまった。
(2021年7月16日、東京にて)

菊池敬子展
会期:2021年7月10日(土)~7月31日(土)
11:00-17:00(Closed 最終日15:00まで)、休廊:火曜日・水曜日
〒408-0044 山梨県北杜市小淵沢10133-3
℡:0551-36-2795
公式:http://gallery-amano.main.jp/






藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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