藤村克裕雑記帳

色の不思議あれこれ187 2020-10-02

大津絵を見てきた

 東京ステーションギャラリーで開催中の「大津絵」展を見てきた。一度にあんなにたくさんの大津絵を見たのははじめて。面白かった。
 いきなり解説パネルに“合羽刷り”とあって、とまどったのだが、考えてみれば、江戸時代であっても、旅人相手に「お土産品」として絵を販売するとなれば、買ってもらえるような価格設定とともに、買いたくなる水準の内容とバラツキのない出来栄え、それをキープしつづけることが必要なのである。「版」を用いる、これはいかにも自然なことだ。合羽(カッパ=雨具)に使うような耐水性の加工をした紙を必要な形にくりぬいて別の紙に当て、その“穴”に墨や絵具を塗る。そうすると、同じ形をばらつきなく簡単にたくさん、そして繰り返し作る(刷る)ことができるわけだ。スタンプのように木版=凸版も用いて、さらに手描きすれば、効率よくたくさんの絵を用意できる。売れ行きが良ければ、さらに作り(刷り)、また、別の“絵柄”を開発すれば良い。
 不覚にも私は、大津絵に「版」が導入されていたことを知らなかったし、そんなことをツユほども考えもしなかったので、一点一点、合羽刷りの箇所を探しながらながら懸命に見た。が私には、ここが合羽刷り、と断定できる観察力と判断力がなかった(スタンプは見当がついた)。衣類の模様や、余白に書き込まれた文字には、孔版では抜け落ちてしまうはずの形状がはっきりと確認できる。だから、これらは手書き(手描き)されたものだろう(‥‥とは言えスタンプかもしれない)。
 どう作られどう描かれているか、と“技法”への“雑念”にとらわれてはいたものの、次第に大津絵というものに引き込まれていく。
 各種仏像、天神さんや七福神など神像、武将や市井の人の像、様々な女の像、動物や鳥や魚の像、など、ありがたい、また親しみある、そんな主題をひょいひょいと脱力したかのように描いている。ひょうきんだったり、かわいかったり、と、それはそれで十分に楽しめるが、加えて、線や色面、地と図、、、というような“造形要素”の実に巧みな構成、とりわけ大津絵特有の「単純化」がされつつもそれゆえ豊かな空間が成立している例にも出くわして、ひえー、と驚かされたりもして、退屈しない。反対に、ちょっとこれは、、、というようなものもあるが、それはそれでアクセントにもなり、十分に楽しめるのだ。手描きされた(らしき)ためらいのない輪郭線のあり方、その現れがポイントと見た。

 昔は縁起物を兼ねたお土産物で、ありふれたものだったようだ。ありふれていたがゆえに粗末に扱われて、いつの間にかあまり見当たらなくなった頃、あ、これ、面白いんじゃね? とつまみ上げ、これも面白いんじゃね? と意識的に集め始める人たちが登場したのである。
 彼らは、折り本にしたり、表装したり額装したりして、集めた大津絵を大切にした。次第に大津絵は貴重な美術品となって、一般庶民の前からは姿を消し、所蔵家たちのもとでますます大切にされたのである。
 今回の展覧会は、その所蔵家を辿りつつ展示しているから、例えば、富岡鉄斎から小絲源太郎や梅原龍三郎、さらに麻生三郎まで、幾人もの画家たちのその審美眼というか、目利きの“実力”というか、それを測定できるというか、そんな野次馬根性というか、覗き趣味というか、ともかくそういう欲望さえも満足させてくれる。そんな大津絵の所蔵家の中に、柳宗悦や芹沢銈介や白州正子らが含まれていたのは、もちろん言うまでもない。
 麻生三郎のコレクションの中に複数の大津絵が含まれていたことには虚を衝かれたが、「夜泣き」に効くから、と時にはご近所に貸し出されたというエピソードにはホッコリとした。さすが、というべきであろう。
(2020年10月1日、晴天の東京にて)

「もうひとつの江戸絵画 大津絵」

●会期:9月19日(土)-11月8日(日)
入館チケットはローソンチケット(Lコード37746)で販売。
●会場:東京ステーションギャラリー
●休館日
月曜日[9月21日、11月2日は開館]
開館時間
10:00 - 18:00
※金曜日は20:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
●入館チケットはローソンチケット(Lコード37746)で販売。
●公式HP
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202008_otsue.html



 

藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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