藤村克裕雑記帳

藤村克裕雑記帖257 2024-04-10

国立西洋美術館に忘れて傘をとりに行った 4

 故辰野登恵子氏の作品群とは不意に出くわした格好になった。というか、私は彼女の油彩作品に一種唐突で実に異様な感じを覚えて、そのことに自分で驚いたのである。彼女の油彩作品からこうした印象を得たのは初めてだったので動揺さえした。実に古典的、というか、真っ当な絵画、というか、彼女の営為の意味のようなものが、この展覧会での“不意”ともいえる“出くわし”によってやっと腑に落ちたような気がしたのである。学部学生の頃、助手だった「辰野さん」からリトのプレス機の前で思いがけず強く叱られてから、彼女の作品はずっと、亡くなった後も見てきたつもりなのに、やっと今頃。なるほど、私は実に鈍いのである。
 ところで、辰野氏は今回の参加作家の中で唯一の故人。あまたいる故人の中で、なぜ、国立西洋美術館は彼女ひとりを今回「招き入れ」たのか、その理由が判然としない。“図録”=“インタビュー集・論文集”には、おそらくは新藤氏の文であろう、こうある。
 「未知なる布置を求めて」との「章」の展示をポロックやモネ、ドニ、シニャック、ルノアールの作品と共に成す辰野登恵子氏、梅津庸一氏、杉戸洋氏、坂本夏子氏についての文章。この三人は、「絵画を編成する造形的なエレメントをみずから発見/発明しつつ、絶えず組みかえることで一律のスタイルに自作を固定することを避けつつ、作品群を一つずつ実験のフィールドにしてきた」作家たちだ、とまず書いている。
 そして、辰野氏についてはこうだ。「抽象表現主義を超えることをめざしていたといえる辰野の絵画には脱グリッド化されたタイル状の形態や花模様の不規則な繰り返し、それらと多極的にせめぎあう色面や筆触、その他の造形要素の一回ごとに異なる布置の探求がある」。
 うーん、、、そうなのか、、、布置か、、、布置と言ってしまえるのか、、、。
 ともかく、辰野氏の油彩作品から、実に異様な感じをこの展覧会で覚えたこと、そのことに分け入る力を私は今持たないことを白状し、異様な感じ、というメモだけはしておこう。

 また、“図録”=“インタビュー集・論文集”のなかで、新藤氏は、「招き入れ」た「作家さん」は「上野とのかかわりを持たれていたり、問いを投げかけてみたいと思わせてくれる論客の顔を併せ持つアーティスト」だと発言しているが、ならば、たとえば、中村一美氏や岡崎乾二郎氏や戸谷成雄氏が「招き入れ」られることがなかった理由も知りたいところではある。梅津氏はSNS投稿の中で、この展覧会への出品参加を求めに新藤氏が岡崎乾二郎氏を訪ねたところ、激しく叱責され、参加を断られたので、岡崎氏の「枠」を自分(梅津氏)が埋めることになった、と書いていた。ほんとだろうか。ま、どうでもいいけど。

 というわけで、忘れてきた傘も無事に引き取ることができて、晴天の西洋美術館前広場で、傘を持ちながら、かなり長い間、三つのロダン作品と一つのブールデル作品とを鑑賞した。静岡県立美術館・ロダン館での印象とはまた異なって、真っ青な空の強い光のもとで、くっきりした陰影のロダンやブールデルは初めて見たような印象だった。
 さらに上野公園に踏み込めば、すでにものすごい人出であった。早々に公園を抜けて、ダラダラと千駄木まで歩いた。お腹がすいたので、途中、お蕎麦屋さんでお蕎麦を食べた。地下鉄に乗った。
 そういえば、3月31日には、武蔵小金井で伊藤隆介という人の映画=フィルム映画=実験映画の特集上映を見た。彼の作品はファウンド・フッテージと呼ばれる映画で、なんとカメラを使わない。同じように全くカメラを使わない末岡一郎氏のような人もいるが、全く違った印象を生じさせる作品群だった。既存のさまざまな映画フィルムを入手して構成し、それを暗室で別のフィルムにストロボとかで露光して作る。その作り方に独特の工夫がある。近年では、入手した映画のフィルムを直接切り取って別の映画フィルムと貼り合わせ、失われたパーコレーションの穴を一つ一つ切り抜いて作って上映する、と言うことをやっているらしい。彼が「パタパタ」と名付けている部分の映写効果が独特だった。とっても面白かった。
今や武蔵小金井は実験映画の“メッカ”だという人もいる。そういえば、その前もやはり武蔵小金井でスタン・ブラッケージのあの『自分自身の目で見る行為』を含むフィルム上映を見た。昔見た記憶と随分違っていて、そのことにも驚いた。私は信用できない。

  あ、静岡県立美術館に行って「天地耕作」展も見た。これもとっても面白かったが、キャプションの作り方が気取ってて煩雑さを強いられ、そこは気に入らなかった。私が浪人していた頃、予備校で同じクラスにいて、同じ年に大学生になって、同じ年に大学を離れ、その後ずっと静岡にいる白井嘉尚氏ご夫婦と静岡駅前で落ち会う算段だったが、急な止むを得ぬ事情が生じて会えず、実に残念だった。彼が「天地耕作」の当事者=村上誠氏・渡氏兄弟と山本裕司氏とを繋いだらしい。この展覧会についても多くをメモしたいが、私にゆとりがない。いつか。とっても面白かった。

 あ、竹橋・国立近代美術館で「中平卓馬展」を実は2回見た。もう一回行こうと思っているうちに会期が7日で終わりだ。もう一回行くのは無理だろうな。注文した図録がまだ届かない。一体どうなってるんだろ。
 あ、そういえば、東京ステーションギャラリーで「安井仲治展」も見た。当時考えうるほとんどあらゆることを試していてとっても驚いた。

 あ、そういえば東京都現代美術館で「豊島康子展」を見た。なんともいえないユーモアが漂っていて実に好ましかった。
 あ、そういえば府中市美術館で「白井美穂展」を見た。彼女が作った映画も見たし、彼女と松浦寿夫氏との対談も聞いた(上映と対談のある日に行ったのだ)。彼女自身の説明で、やっと彼女の作品の成り立ちが分かった気がした。つくづく私は鈍い。
 あ、それから、忘れちゃいけない。静岡で活動していた長船恒利という人の写真展を見た。すでに故人だという。全く知らなかった人だ。かつて知っていた静岡出身の人と同じ苗字だから、ひょっとするとご当人か親戚の人かと思って見に行ったのだが、いい写真だった。この人とも白井氏は深い関わりがあったらしく、白井氏がトークする、という日にも行った。上手にしゃべっていて感心した。家人に、白井のトークもオサフネと言う写真家の写真も素晴らしかった、と言っていたら、私も見たい、というので会場まで案内かたがた会期末に私も行った。都合3回。自分でも呆れたが、本当にいい写真を残した人だと思う。もっと知られていい人だろう。
 あ、国立新美術館で「マティス」展も見た。彫刻が実に面白かった。また行きたい。いつまでだろ?

 とか、ぼんやり、しかし次々に思い出していると、地下鉄に傘を忘れそうになった。

 今はすでに4月5日、金曜日だ。毎週、午後7時くらいからTVに長嶋一茂が映って、どうでもいいことをムキになってしゃべっているのを見ると、え? もう一週間経っちゃったの? と思ってイヤになる。高島ちさ子や石原良純も出ている番組だ。なぜか、ふとスイッチを入れるとあの番組が映る。全く無内容なことを喋り続ける長嶋一茂を呆れながらついボーッと見てしまう。その時間は実に虚しい。長嶋一茂は大したものだ。
 そんなこんなで、展覧会を見に行ってもボーッとしていることに気づいてイヤになる。えーん。
(2024年4月5日、東京にて)


画像1:辰野登恵子《WORK 89-P-13》1989年、油彩/カンヴァス、千葉市美術館蔵
画像2:「中平卓馬」展《「サーキュレーション―日付、場所、行為」より》1971年
    東京国立近代美術館 国立近代美術館 会期終了。
画像3:「天地耕作」展 裏山に設営した新作群の一つ 静岡県立美術館 会期終了。
画像4:「マティス 自由なフォルム」展 切り紙絵の部分 国立新美術館 2024年5月27日(月)まで
    




藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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