藤村克裕雑記帳

色の不思議あれこれ204 2021-08-30

加藤翼「縄張りと島」展を見た

 もう随分前になるが、普段はそんなことしないのに、上野の都美館で芸大や5美大などの卒業制作展を全て見物してみたことがある。その時、強く印象付けられた作品があって、作者は加藤翼という名前だった。作者名まで覚えてしまうくらい印象に残ったのである。
 それはビデオ作品で、どこか広い場所で(彼が学んだムサビのグラウンドだろうと思われたが)、垂木と薄いベニヤ板で作った大きな構造物(当時作者が住んでいたアパート全体の外形を実物大で作ったものというような説明があったと記憶しているが、ともかくとても大きな構造物)にロープを繋いで、大人数で力を合わせてロープを引いて構造物をひっくり返す、ひっくり返った衝撃で構造物の大部分はあっけなく壊れてしまう、そんな様子を捉えた映像だった。それはいかにも無意味、、、というか、クソ面白くもねえ! だからみんなでこんなのやってみたぜ、という感じに満ち満ちていて、ユーモラスですらあった。その映像から目を離せば、モニタの背後には映像に登場していた(らしい)構造物の名残というか破片というか、ともかく壊れかけた構造物の一部が運び込まれていて場を形作っていた。
 それを観た直後に、ある人と出くわして、今、展示を見て来たんだけど、ムサビに面白い奴がいて、確か加藤翼、、、とそこまで言うと、ああ、ツバサくんね、とまるで仲良しみたいに言うのでびっくりして、え? 知り合い? と尋ねると、息子のトモダチなんだよ、と言うので、へえ! と驚いて、その名は私の記憶の中にいっそう深く刻まれたのだった。
その加藤翼氏の展覧会。初台のオペラシティギャラリー。
 手指を消毒し、検温してもらって、チケットを買い、入場すれば、薄暗い照明の中に大きな骨組みだけの構造物から出ている何本ものロープが壁に固定されており、結果、構造物は床から斜めに浮き上がっているのが目に飛び込んでくる。その手前に大きなモニタが置かれて、後ろの構造物を用いて行なった“引き倒し”の記録映像が映し出されている。なるほど、加藤氏はあれからずっと“引き倒し”を続けてきたらしい。順路の最初に設営されているこの構造物は、老舗焼き鳥店「いせや公園店」の店舗の骨組みそのものだという(その店舗が建て替えられるので廃材をもらってきて井の頭公園でもう一度組み立て、それを多人数で“引き倒し”、その後もどこかに保管し続けてきて、今回もう一度組み立てたものらしい)。
 同様に、加藤氏が所属するギャラリー「無人島プロダクション」のスペースの原寸大の再現、加藤氏の実家の原寸大での再現、二分の一の寸法での再現などなど、国内外を問わず“引き倒し”に用いられる構造体には、それぞれ由来があるようだ。“引き倒し”に用いた構造物の実物と記録映像とを並置して見せている、という事後の展示の方法も一貫している。

 なにせ面白いのは、構造物が大きくて(大きすぎて)一人の力では動かせない、動かすには多くの人々の協力が必要だ、ということである。ゆえに、加藤氏の“引き倒し”は、その都度ある種の祝祭性を帯びる。
 ここで私が想起するのは、つい数ヶ月前、誰に頼まれたのでもないのに勝手に私が編集し、勝手に発行した私家版冊子『藤原和通 Ⅰ 1970〜1974[音響標定]』で扱った故藤原和通氏(1944〜2020)の巨大音具とそれを用いたコンサートのことであった。
 トータルセリエールとかの作曲技法をはじめ現代音楽の素養をきちんと身につけた藤原氏は、れっきとした音楽家だった。その意味では、加藤氏とは発想の出所が違う。藤原氏の場合、音楽ではなく、音を求めて音具(発音道具)を考案することになった。その音具はどんどん巨大化したのだが、それは演奏者と聴衆とが峻別される「コンサート」という形式への批判もあってのことだろう。藤原氏の巨大な“石擦り音具”の取っ手を押して音を出すには一人では到底動かない。だから多くの人々が一緒になって取っ手を押して動かすのだが、そんなふうに音を出すことはそれぞれがその音の振動に取っ手で触ることでもある。演奏者と聴衆との区分はなくなる。おそらくそんなことを考えてのことだっただろうと私は思っている。藤原氏のコンサートは、あちこちの街の中で“自由参加”で繰り返し行われた(こうした藤原氏の当時の活動は今や忘れ去られたかのようで、私はとても残念である)。そういうわけで、藤原氏の巨大音具によるコンサートもまた祝祭性を帯びていたのだった。加藤翼氏と藤原和通氏とでは“引く”と“押す”との違いがあるものの(ロープや紐は押しては使えない)、二人の共通項=音具や構造物の巨大さ、それゆえの祝祭性ということに思いを馳せながら興味深く見た。
 加藤氏の“引き倒し”は、2011年の震災を契機に“引き起こし”=“引き興し”への変容を含んで続けられているようだが、それに加えて興味をそそられたのは、加藤氏が音を積極的に扱うようになってきていることだ。加藤氏の場合、音というより音楽と言ったほうがいいかもしれない。
 ロープやゴム紐を演奏者同士へのダブルバインドの“拘束具”として用いることで、アメリカ国歌や君が代の演奏を不自由極まりないものにし、結果、元の旋律やリズム=国歌なるものを解体させようとしたり、地中に住まう動物の巣穴に鈴を仕掛け、動物の習性やその行動にまかせた鈴による“演奏”を実現し、それを録音録画して作品にしたりしている。加藤氏によって、この方向は今後どう展開していくだろうか。音楽家たち、サウンドアーティストたちには、すでに多くの蓄積があるわけだが、、、。
 岩場に打ち上げられた鯨にロープをかけて、男たちが海に浸かりながら岩場から鯨を“引き”出そうとする映像の出品は、ムサビの卒業制作からの多人数で“引く”という共通点を考えてもなお、違和感が残ったが、メモするにとどめておきたい。
 とはいえ、“ソーシャルディスタンス”を「見える化」しようとする近作など含めて、現在進行形の加藤氏の姿を飾り立てずに見せてくれているのは嬉しい。
 もう一つ、映像そのものについても述べたい気もするが、別の機会に。
(2021年8月28日、東京にて)


加藤翼 縄張りと島
Tsubasa Kato: Turf and Perimeter


●会期: 2021年7月17日[土]―9月20日[月]
●会場: 東京オペラシティ アートギャラリー[3Fギャラリー1, 2]
開館時間: 11:00 ─ 19:00(入場は18:30まで)
休館日: 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月1日[日](全館休館日)
入場料: 一般1,200円[1,000円]、大学・高校生 800円[600円]
中学生以下無料
公式hp:http://www.operacity.jp/ag/exh241/j/visitus.php



藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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