藤村克裕雑記帳

色の不思議あれこれ067 2017-07-12

アンジェイ・ワイダ『残像』(2016年)をみた その1

梅雨のさなかのある日の午後、岩波ホールでアンジェイ・ワイダの遺作、『残像』をみた。画家ストゥシェミンスキーを主人公にしている、と新聞で知ったからだ。
 ストゥシェミンスキーのことは、学生時代にたしか中原祐介の文で読んで関心を持った。その後、10日間ほど滞在する機会があったポーランドのウッジで、ふと思い立って美術館を訪れて、そこでストゥシェミンスキーの実物を数点みることができた。なぜこんなところに、と驚いた。それはいわゆる抽象絵画で、他に類例のないものだった。たとえばある作品は、パステルトーンの単色で画面が覆われており、たくさんの丸っこい小さな形のその輪郭が実にていねいに盛り上げてあった(ような気がする)。カッコつきなのは、詳しい記憶はもう失われている、ということだ。その美術館には、あのタディウシュ・カントールの初期作品なども展示されていたが、これもおぼろげな記憶しか残っておらず、ある“感触”だけが残っているばかり。あのアバカノヴィッチの作品があったかどうかなど、まったく覚えていない。なさけない。まだ、“自由化”される前のポーランド。ワレサ率いる「連帯」のニュースが度々報じられていた頃のことだから、ま、しょうがないかも。1987年の6月。
 そのウッジでのある日、誰かのオンボロ車でウッジ郊外の森に遊びに行った記憶がある。帰路、いま見えているのは映画大学、アンジェイ・ワイダが教えている、おまえはワイダを知っているか? 同乗の誰かがそう言った。ワイダはもちろん知っていたが、ウッジの映画大学で教えていることは知らなかった。しばしワイダを話題に盛り上がった(ワイダのワダイ)。
 別の日、若い美術家のカップルの住いに招かれて、実に質素な彼らの暮らしぶりを目の当りにしたことも思い出す。彼らは貧しそうでも屈託がなく、実に明るかった。狭すぎる部屋のあちこちから手品のように次々に作品を取り出して見せてくれて、浮世絵の話を聞きたがった。お互いにたどたどしい英語。でも気持ちだけは確かに通じ合っていた。帰り際に、こんなものしか記念にあげるものがない、と言いながら、蓋つきの小さなガラス瓶をお土産にくれた。それはいまも私の仕事場の棚に飾ってある。あのふたりはどうしているだろう。彼らが、ストゥシェミンスキーが教えていたウッジの美術大学で学んだかどうか、知らない。ウッジに美大があることも、そこでストウシェミンスキーが教えていたことも、今度この映画『残像』をみて初めて知ったのである。

 

藤村克裕

立体作家、元京都芸術大学教授の藤村克裕先生のアートについてのコラムです。

藤村克裕 プロフィール

1977年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。

1979年 東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。

内外の賞を数々受賞。

元京都芸術大学教授。

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