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  • 2013-07-02
  • 色の不思議あれこれ005
  • ▸新井淳一さんってすごい
  •  東京のオペラシティーアートギャラリーで開催中の『新井淳一の布 伝統と創生』展を見た。素晴らしかった。
     新井淳一氏は、知る人ぞ知る世界的なテキスタイルデザイナー。桐生の人で、1932年生まれという。会場で流れていたビデオや音では、とてもお元気そうだ。
    フィルム状のごく薄い合成樹脂に金属を蒸着させて細く切り、“糸”にする。金属質の糸ができる。その糸を撚り、織って、布を作る。新井氏はそんなことをやった。
    合成樹脂に蒸着、というのもすごいが、フィルム状の合成樹脂を細長く切れば糸になる、という発想がすごい。
     日本には「金糸」というものがある。あれは、和紙に漆で金箔を貼り付けて細く切った「平箔」というものを糸に巻きつけて作るそうだ。つまり、糸は、はじめから糸として位置付けられている。
     これに対して、薄い「面」を細く細く切れば「線」=糸を作ることができるはずだ、やってみよう、というのは、これは根本的に発想が異なる。すごい、と思う。
     それだけではない。
     布は経糸(たていと)と緯糸(よこいと)とで成り立つ構築物である。つまり、布は平面ではなく立体なのだ。このような構築物を作ることを「織る」と言っている。他に「編む」とか「絡める」とかなどの布の作り方があるが、深入りしない。
     布は穴を作る技法だ、と言った人がいる。それを知った時はびっくりした。だから“第二の皮膚”になれるのだ、とその人は言った。堀内紀子氏がその人。
     ともかく、「織る」ための素材は、麻、綿、絹、羊毛、合成樹脂などの「超」細くて長い物体である。そういう素材を繊維と言っている。
     それぞれの素材は、互いに異なった特質を備えている。たとえば、羊毛は水洗いすると縮む。だから、私たちはセーターなどが縮まないように注意する。新井氏は素材のこうした性質も利用する。経糸にどんな素材をどう使うか、緯糸にはどうか、と設計し、時にわざと縮めたりすることさえも前提に計画するのである。だからテキスタイルデザインなのだ。
     「織る」手法もさまざまである。現代では、手で織るか、機械で織るか、というところでまず大きな違いがある。ここでも新井氏がすごいのは、手作業での伝統的な技術と最先端の機械の技術とをやすやすと組み合わせてしまうことだ。たとえば、アフリカで織られてきた織物に似た表情が、ジャガード織で現代に蘇えるのである。層を成す布も作ってしまう。発想が、実に柔軟で気持ちがいい。勇気が湧いてくる。
     展示されている中に、虹色を呈する布があった。
  •  目の位置を変化させると、虹色が変化する。CDなどが虹色を呈するのと同じ「回折作用」か、と思った。その「回折作用」を生じる程、細い繊維で織られているのかと思ったのだ。布の大部分は向こう側が透けて見えた。
     違っていた。「ホログラム」と説明に書いてあった。ということは、ホログラムの面を布に“印刷”して作ったのであろう。その“印刷”をどうやってやるのかは、不勉強で分からない。
     わからないけれど、ともかく“版”なのだ。“版”、そう考えたほうが、他の作例も理解しやすい。「メルトオフ」とか「真空熱転写」とかで作った布がそれである。
     ここでは、“版”として「絞り」の技法が使われている。
     余計なことだが、「染め」は、実は染めないための技法である。染まってほしくないところのために、たとえば「絞り」をする。「板締め」をしたり、「糊」「蝋」を施すのも布が染料に触れないようにする手立てなのだ。「型染め」を思えば、“版”の感じが分かりやすいはずだ。
     新井氏の「メルトオフ(溶解)」は、蒸着したアルミニウムをアルカリ溶液で溶かして合成樹脂から取り去ることができる、これを利用している。溶かしたくないところ、アルミのままにしておきたいところを、アルカリ溶液から守ればよいわけだ。ここで「染め」の技法が生きてくる。
     ところが、それにとどまらない。新井氏は、さらに「真空熱転写」ということを導入するのである。
     このあたりが、じつに柔軟だ。素材を知り抜いているからだろう。
     新井氏は、「メルトオフ」した布をクシャクシャにして、真空熱転写の機械にかけ、色を与える。新井氏が選んだ色がベタで転写されるわけだ。布はクシャクシャだからその表面だけに色がつく。襞の中にはつかない。広げると模様になる。
     これは、つまり、布の状態そのものが“版”を成す、ということである。いわば「モノタイプ」の刷り。これを、満足できるまで繰り返せばよい。「染め」の技法がいつのまにか「刷り」に転じているのである。
     驚くべき人である。
     私の大学時代の友人には、桐生出身者が何人かいた。そして、新井氏の奥様からデッサンを教わった、と言って胸を張るのであった。そのせい(?)で、私は、新井氏のことを昔から敬意をもって接するべき“知り合い”のように思ってきた。もちろん、それは錯覚。こうしてたくさんの作品を目の当たりにして、すごい人だなあ、と感じ入りながら、同時に元気をもらって会場を出たのである。
     この展覧会は、3月24日まで。その後、足利市立美術館、町立久万美術館に巡回とのことである。
    (2013年2月1日。東京にて)
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